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はーとぼいるどワンダフル。

映画、テレビ、マンガなどなど。たまに広告のことも。

村上春樹が最も影響を受けた作品「ロング・グッドバイ」

レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」は村上春樹が最も影響を受けたと本人が公言している作品である。

ロング・グッドバイ フィリップ・マーロウ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ロング・グッドバイ フィリップ・マーロウ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

探偵のフィリップ・マーロウは、ひょんなことから飲んだくれで一文無しのテリーレノックスという青年を助ける。マーロウは、テリーレノックスに何か惹かれるものを感じ、毎晩のようにバーで酒を交わす中になっていった。そんな中テリーレノックスが寄りを戻したばかりの妻が殺されてしまう。マーロウはテリーレノックスを信じ逃亡の手助けをするが、警察はテリーレノックスを容疑者として追っていたのだった。マーロウは、テリーレノックスの無実を証明するために、孤独な捜査を始める中、行方不明のアル中の作家を探して欲しいという全く関係の無い案件に巻き込まれる。マーロウはすぐに作家を見つけ出し、彼の妻が待つ家へ連れて帰るのだが、そこからテリーレノックス事件と連なる大きな波にのまれていくといったところが大まかなあらすじ。

様々な作品へ影響を与えた傑作。

フィリップ・マーロウは、ひょんなことからテリーレノックスの事件に巻き込まれ、一見関係のない事件や人に出会いながら世界の謎と対峙することとなるのだが、とにかくその過程がめちゃくちゃ面白い。出てくるやつは物語の本筋に関係ない人物までみんなキャラがたっていて、そのやりとりがすべて面白い。最初は、関係ないエピソードが始まったかと思ったら本筋に深くつながっているなど。

そんな本作を読んでいて僕が思い出したのはコーエン兄弟の作品「ファーゴ」そして「ビッグ・リボウスキ」である。ファーゴはちょっとした出来心から、ビッグ・リボウスキでは同性同名の金持ちに間違われたことから主人公は様々な事件に巻き込まれ、知る良しもなかった世界の残酷さや、真実にたどり着きます。そんな物語のテイストが「ロング・グッドバイ」と非常に似通っているように思う。

と思って検索をかけると映画評論家の町山さんがすでに指摘されていたことだった。
tomomachi.stores.jp

町山さんによると、ビッグ・リボウスキは、レイモンドチャンドラーの世界をコーエン兄弟なりに表現した作品であるということ(もちろん原作だけでなく、コーエン兄弟ロバート・アルトマンの映画版ロング・グッドバイにも非常に影響をうけている)特にコーエン兄弟は、チャンドラー作品の最大のポイントは、「全体の物語は非常に複雑で難しいものだが、個々のエピソードは抜群に面白い。その個々のエピソードこそがチャンドラーの本質である。」といったことをインタビューで語っているそう。
ビッグ・リボウスキはまさに個々のエピソードがどうしようもなくくだらなかったり、強烈な印象を残すので結局映画が終わった後に「この映画は何が言いたかったんだ」となる作品である。

町山さんの解説は216円で買えますのでぜひ。コーエン兄弟、アルトマン、チャンドラーだけでなく、トマス・ピンチョン、インヒアレントヴァイス、フォークナーなどありとあらゆる影響関係が解説されています。


村上春樹への影響。

村上春樹は自身でロング・グッドバイを翻訳することから、チャンドラー作品をリスペクトしているというのはわかっていたのだが、その理由は巻末の分厚い訳者解説に自身が語っている。

村上春樹が語るチャンドラーの新にオリジナルな点は、主人公の自我をある種の仮説として設定した点にあるという。

チャンドラーは文学の手法として「主人公の内面を描かず行動を描くことで、感情や世界そのものを描写する」という非情系やハードボイルドと呼ばれる手法を革命的におしすすめたのだ。もちろんこのスタイルは彼のオリジナルではなく、ヘミングウェイダシール・ハメットが始めたものである。

これは、例えば主人公の不安などの感情を語らず、ただ彼がどんな行動をしたかということだけを緻密に描いていくこと手法である。自我の強い影響下にある行為を具体的に描くことによってこそ自我をより客体的に描くことができるという。

ハメットはそのようなヘミングウェイの手法をさらに推し進めた。心理描写を省くことが可能なら自我の存在という前提そのものをを取り外してしまうことにあった。チャンドラーはハメットが取り外した自我の存在場所に「仮説」という新たな概念を持ち込んだのだという。あくまでも記号的な「自我」としてそれはそこにあればいい、それこそが行為を自我の性質から解き放ち、より自由で説得力のある物語が立ち上がるということらしい。

そのようなチャンドラーの手法が村上春樹には決定的な影響を与えたという。

「そうか、なるほど、こういう風な書き方もありなんだ」と思わず日膝を打たされた。つまりそういう書き方をすれば「純文学」においても、ある種の回路をやりすごすことができるはずではないかと思ったのだ。コロンブスの卵ではないが、それは実に新鮮な発見だった。

村上春樹はそのように語っている。

その他にも「ロング・グッドバイ」に並んで村上春樹が最も影響を受けた作品「グレート・ギャツビー」との類似性について語られている。
この二作、物語のテーマや展開がたしかに似ているのだ。チャンドラーが明らかに「グレート・ギャツビー」の本歌取りをしたのであろうという説はわりと知られていることらしい。

とにかくこの「ロング・グッドバイ」はこのような村上春樹による巻末の解説だけでもお腹いっぱいになる作品であった。