『ムーンライズキングダム』ウェス・アンダーソンとサリンジャーの共通点。

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昨日、ウェスアンダーソン監督の『ムーンライズキングダム』を観に行った。相変わらず綿密に作り上げられた絵本のような世界観に大満足。しかし、ひとたび世界観やギャグを取り除いて考えると、そこに残るのは「この世界と相容れない人の苦悩」であり、「基本的な人間関係が壊れてしまっているがゆえに過剰な行動をせざるを得ない人」だ。つまり『ライ麦畑でつかまえて』なのだ。

 サリンジャーとウェスアンダーソン

ウェス・アンダーソンサリンジャーの影響下にいることは、すでに多くの人が指摘している。

 僕はテキサスで生まれ育ったけど、学校の図書館に『ニューヨーカー』誌のバックナンバーがあったんだ。そこでサリンジャーたちが書いたニューヨークを舞台にした小説を読んで、ニューヨークを心に描いてた『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』はニューヨークでロケしたけど、現実のニューヨークじゃなくて、僕の心の中のニューヨークなんだ」

憂鬱を抱えたテネンバウム兄弟の物語は、サリンジャーの「フラニーとズーニー」を始めとする「グラース家」物語に似ている。

サリンジャーには何度も何度も何度も読んだから、影響から脱けきれないよ」

前作「天才マックスの世界」はコメディ版「ライ麦畑でつかまえて」だった。主人公のマックスは、新聞部、仏語研、弁論部、クンフー部など19ものクラブをかけもちし、そのうえ年上の未亡人に憧れてあの手この手でアタックする熱血少年。青春するのに忙しくて勉強しているヒマなどなく、成績不良で学校を叩き出されてしまう。

 ウェスアンダーソン監督のインタビューだ。

実際にサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』やグラース家サーガを読んだことがある人は映画を観てピンとくるはずだ。何しろ『ロイヤルテネンバウムズ』なんて、まるっきりグラース家なのだから。

グラース家サーガとは天才一家グラース家についての物語、『ナインストーリーズ』、『フラニーとゾーイー』『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』である。

 

影響を受けているといっても、『ムーンライズキングダム』にはサリンジャーのようなスノッブな感じは全く無い。あくまでコメディに、そして客観的だ。サムやスージーが自分語りすることなく、彼らの苦悩の原因である家族の問題もそこまで感傷的には描かれていない。

 

緻密な世界観

ウェス・アンダーソンといえば緻密な世界観だ。監督の友人である野村訓市さんのインタビューに彼のこだわりが表れている。

 

 衣装をイタリアの修道院で修道女に編ませた!?

ウェス自身、ファッションが好きでやってるのか、それともディティールオタクで"これはこうあるべきだ!"と思ってやってるのか分からないんだけど、彼はとにかくものすごく細かいんですよね。僕は『ライフ・アクアティック』のビル・マーレーたちがかぶってる赤い帽子と青いセーターが大好きで「あれ欲しいんだけど、どこで買ったの?」って聞いたら、「あれは作った」って言うんですよ。「どこで?」って聞いたら、イタリアの修道院で修道女に手編みで編ませたって(笑)。

プロより詳しいスワッチ(素材見本)

 今回の『ムーンライズ・キングダム』も全部手作りなんですよね。テントとか、スカウトたちの衣裳も全部。『ファンタスティック Mr.FOX』のメイキング本があって洋服を作ってる友達に見せたことがあるんだけど、スワッチ(素材見本)が自分たちよりも細かいって言ってましたね。狐が着るやつなのに(笑)。ミリ単位で数値が表記されてたり、イタリアのパントーンが出てきて、このシーンはこのオレンジとこの色しか使うなとか。そのときのオレンジはこうあるべきだとか徹底的に指示が書いてある(笑)。

 自宅もシンメトリー

 あと、彼は画を広くシンメトリーに撮るんだけど、そのせいか自宅もシンメトリー(笑)。何度か遊びに行ってるけど、もう配列とかやばいですね。置いてある家具はもちろん、たとえば棚にあるエビアンに至っては全部等間隔。しかも全部ラベルが前を向いて置いてあるんですよ。 彼は雑誌『ニューヨーカー』が好きで、70年代位から今までの号が全部家にあるんだけど、専用のバインダーをオーダーメイドで作って整然と並べて、しかもそれがずれてない。つねにグリッドをキープしている(笑)。

 

サリンジャーのような神経症っぽい人物が絵本のような世界を駆け回るコメディ、これが『ムーンライズ・キングダム』だ。

彼の全てが詰まったデビュー作。

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