本当の幸せは何ですか?テリー・ギリアム監督「ゼロの未来」を観た。

テリー・ギリアム監督の待望の最新作「ゼロの未来」を観た。
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主人公は、クリストフ・ヴァルツ演じる凄腕プログラマーのコーエン・レス。
彼の頭のなかのイメージは巨大なブラックホール。孤独な生活の中で、正に虚無に落ちている状態。人生の意味を教えてくれる電話が、いつかかかってくると信じて在宅勤務を希望している。コーエンは、自分が働く会社マンコム社のマネージメントと呼ばれるボスに直訴し在宅勤務を認められるが、代わりにゼロの定理の証明を命じられる。しかし、いつまでたってもゼロの定理は証明できない。コーエンはだんだん気がおかしくなってくる。というのが、大体のあらすじ。

テリー・ギリアムって監督はあまりに作家性が強くて、どんな作品を作っても、自分色に染め上げてしまう。それは、他人の脚本で監督をした「フィッシャー・キング」や「12モンキーズ」でもそうだ。今回の「ゼロの未来」も脚本家は別にいるのだが、見事テリー・ギリアム100%の映画になっている。

圧巻なのは、やはりテリー・ギリアム特有の未来社会のビジュアル。未来世紀ブラジルとは違う鮮やかでポップでレトロなビジュアルである。
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いくら頑張っても証明できないゼロの定理におかしくなっていくコーエンのもとに、ある女性がやってくる。それが、メラニー・ティエリー演じるペインスリーだ。セクシーで天真爛漫な彼女の魅力にコーエンも次第に心を開くようになってくる。そんな彼女とバーチャルリアリティのビーチの中で過ごすことが一つの幸せになるのだが、
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そんな彼女もマンコム社のマネージメントに遣わされた使者であることが分かる。コーエンを誘惑し、精神を安定させゼロの定理の証明を成功させるためだ。
ハッピーエンドとも、バッド・エンドともとれるラストを迎えるこの映画だが、インタビューをみる限りテリー・ギリアムの考えはいたってシンプルだろう。



ガジェット通信より引用getnews.jp

未来世紀ブラジル』があったからこそ今回の物語で“ユートピア”を描こうと思った。かつて『未来世紀ブラジル』を作ったとき、当時我々が生きていた世界を描こうとした。『ゼロの未来』は私が思うに、我々が今住んでいる世界の一端だ。

この作品には、我々が生きる現代世界に対する懸念をつめこもうと思った。世界は非常に繋がっているけど、同時に完全に離れている。顔を合わせて直接コミュニケーションを取る以上に、パソコンやインターネットのコミュニケーションで多くの時間を過ごすことでね。ここに付け加えたかった問題は、人は自分自身の世界を創り上げて孤立することができるけど、そのことで本物の人間関係が持つ、面白いものや困難なものや素晴らしいものに対処できなくなるということだ。

―本作は「本当の幸せとは?」というテーマでも描かれていますが、監督にとって「幸せ」とは何ですか?

テリー・ギリアム:幸せっていうのは瞬間なんです。「幸せ」という明確な物が存在しているわけでは無くて、太陽が照っている瞬間、友達と良い時間を過ごしている瞬間、そういった瞬間の積み重ねが、僕のほとんど惨めな人生の中に彩りを与えてくれる。この年になると多くの事を求めなくなるのだけど、幸せの瞬間があるから後数年は生きられると思うね。

「ゼロの未来」で描かれた世界は、我々の住んでいる世界の一端であると監督ははっきりと語っている。
幸せは「人生の意味」を追い求めることじゃない。というか「人生の意味」など存在しない。映画でも「人生の意味」を教えてくれる電話など永遠にかかってこないことが分かるし、ゼロの定理の証明は、マンコム社の市場シェア独占のためだった。ただの金儲けの道具にコーエン・レスは利用されたのだ。それでも、世界は素晴らしいとこの映画は教えてくれる。ラスト、コーエン・レスが恐れていたブラックホールに飛び込んだ先は、メラニー・ティエリーと幸せな時間を過ごしたあのビーチだった。すべてが妄想だっととしても、あの幸せな一瞬があるだけで、僕らは生きていけるのだ。
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レディオヘッドのクリープが流れるラストは圧巻だった。映画の内容とありえないほど調和していた。

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