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干される前の爆笑問題、芸歴2年目ですでにフジテレビのトップと揉めていたエピソード

爆笑問題カーボーイにて、フジテレビで「オレたちひょうきん族」や「笑っていいとも!」を手掛けた故:佐藤義和プロデューサーとの思い出について語っていた。

爆笑問題2年目、業界で箔をつけるために単独ライブの演出に佐藤義和プロデューサーを起用。

太田:俺らが太田プロ辞めるちょっと前に副社長から業界的に箔をつけるために、下北沢で2回目の単独ライブをやるときに佐藤義和プロデュースでやろうっていう話があった。
その時、俺は若いし業界中にかみつきまくっていた。副社長から言われたからとりあえずやりますと答えたが、「ネタには一切口出しされたくない」っていったの。またよく言うよ、2年目の若造が(笑)当時、佐藤義和プロデュースとあれば、業界中が注目する力があったからね。

「俺の目の黒いうちは、二度とフジテレビに出れると思うなよ!」

太田:当時、医者や弁護士などいろんな職業の社会派のブラックなコントをつくった。それが佐藤さんの趣味に合わなかったんだろうね。

田中:当時の絶頂期のフジテレビですからね。

太田:これもうちょっとショーアップしたほうがいいんじゃない?って言われてね。

田中:まあ、佐藤さんに頼むっていうのはそういうことなんですよね。

太田:ネタはいじんないけれども、最初にいろんな職業のユニフォームを着たモデルがファッションショーのように出てくる演出にしたらっていうんだよね。ただ当時の俺からすると「ふざけんじゃねえ」って感じなんだよな。当時の俺がやりたい世界観とは全然違うから。ちょっと考えさせてくれと言って。そんなね~、受け入れればいいじゃない!(笑)

田中:本当、そうよね!若いっていうのはそういうこと。それがいいところでもあるのよ。

太田:やんないのか?って佐藤さんに言われて、おれはできないって言って拒否したんだよな。当時、佐藤さんも尖ってたから、「分かった。じゃあ俺の名前は出すな。」もうさ~、俺もよせばいいのに。今考えるとよくあんなことを!(笑)

田中:当時のフジテレビのトップだぜ!俺ら深夜でちょっとしかテレビ出てないやつらがさ!(笑)

太田:「お断りします」とか言っちゃてさあ(笑)

田中:M-1とか出ても2回戦くらいのやつらがさ。

太田:そのあと、数年後に番組にも出させてもらって佐藤さんにもよくしてもらえたんだけど、当時の佐藤さんは、「俺の目の黒いうちは、二度とフジテレビに出れると思うなよ!」って言われて、俺も「おお上等だよ、出ねえよ」って言って帰ってきたもんね~(笑)そりゃ出れないよ!(笑)

田中:頭、おかしいもん!(笑)

太田:副社長も良かれと思って言ってくれてるのにさあ!事務所一押しでさあ、全部段取りしてくれたのに、俺らは、「何がサトちゃんだ!バカ野郎!」って言ってんだよな。そこからすぐだよな。太田プロにいるとこういうめんどくさいこともあるんだと思って、事務所辞めちゃったんだよな。でもその後、いいとものレギュラーになって、佐藤さんに「お前らよくここまで戻ってきたな」って言ってもらえたりさ。

そんな爆笑問題が、若手のころの因縁で、ダウンタウンと共演NGとなっている理由はこちら
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