映画「風立ちぬ」主人公の声優が庵野秀明でなければならない理由

 宮崎駿が、「風立ちぬ」の主人公、堀越二郎の声優になぜ庵野秀明を選んだのか、それは、初めて主人公を少年、少女ではなく、青年とし、明らかに宮崎が自分をはっきりと投影して、描いたキャラクター、そして、軍事オタクとしての矛盾に引き裂かれる映画のテーマから、最も自分に似ている庵野秀明でしか有りえないと考えたからである。

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宮崎はメディア向けの完成披露試写会の中で、庵野秀明起用の理由をこう語っている。
庵野は、現代で一番傷つきながら、生きてるんですよ。

現代で一番傷つきながら、生きてるんですよ。その感じをもってたからです。それが声に出てるんで。角が丸くなったり、ぎざぎざしてるんですよ。それがそのまま出てくれたから。初めは庵野が喋ってると思ったんですけど、最後まで観たら、これは堀越二郎になってると思いました。それが凄く良かったです。

 「風立ちぬ」のテーマと、この発言をもとに、宮崎駿にとって、主人公の声優が、なぜ庵野秀明でなくてはならなかったのか、その理由を探ってみる。

「風立ちぬ」のテーマは宮崎駿自身の矛盾(すべての創作者の業)である。

 宮崎駿は、戦争反対を自作でも、インタビュー等でも延々と語り続けてきたが、大の軍事オタクで戦闘機、戦車は大好き。常に兵器のディテールにこだわり、作品の中に登場させてきた。そこに目をつけたのが、プロデューサーの鈴木敏夫。鈴木敏夫は著書でこう語っている。

僕はそこに目をつけたんです。昔から宮さんは、何かというといつも戦闘機や戦車の絵を描いていました。アトリエの本棚には戦争にまつわる本や資料が大量に並んでいて、兵器に関する知識は専門家も顔負けです。その一方で、思想的には徹底した平和主義者で、若い頃からデモに参加して「戦争反対!」と叫んできた。大矛盾ですよね。そこで、僕はあるとき思ったんです。これって宮さんだけの問題なんだろうか? もしかしたら、戦後の日本人、みんなが抱えてきた矛盾なんじゃないか?(天才 高畑勲と宮崎駿」より)

 鈴木は、この矛盾をテーマに作品を創ろうと宮崎に話したが、いつもやるかやらないか即答だった宮崎が珍しく考えこんでしまったのだという。そんなものを映画にしていいのか?それは自分自身を描くということで、少年少女に見せれるものではないからだ。



自身を投影した堀越二郎は薄情者

 堀越二郎は、度のきつい眼鏡をかけ、飛行機に熱中する。これは明らかに宮崎駿が自身を投影して描いている。 
妹の佳代から何度も「薄情者です」と言われる二郎。どんなシチュエーションでも綺麗な人を横目でチラチラ見ているし。飛行機=美しいものに熱中し、結核の菜穂子の横で、煙草を吸いながら仕事をしたり、明らかに薄情者だ。それは、宮崎駿が初めて、自分を堀越二郎という青年に投影して描いた当然の結果である。
映画監督の押井守はこう評している。

主人公が、気持ち悪かった。あれ、明らかに人格破綻してるでしょ。(爆笑問題の日曜サンデー 押井守ゲスト出演回より)

少年や豚(や中年男)を主役として描き続けてきた監督が、青年を主人公に据えるということは、これは実は大変な決断を

堀越二郎を演じられるのは、人の心がわからない、好きなことしかできない男しかいない

 そんな、堀越二郎を演じるのは、庵野秀明しかいないことを、映画評論家の町山智浩はラジオでこう語っていた。

あれは、世慣れした人の心が分かる役者が演じたらダメで、人の心はわからないし、世の中のこともわからないけど、好きなものだけをやり続けるアホのような男が声をやらなきゃいけないんですよ!

(二郎)は、ぼーとしてて、人の話聞いてないでしょ?そういう人じゃないとこの声はできない!裏情報で失礼なんですけど、庵野さんの奥さんは、この映画を見た後で、本当に泣いたらしいですね。そういう男と結婚してしまった女の悲劇でもあると(笑)

宮崎駿と庵野秀明に共通する創作者の業とは

 宮崎が自分と同じように創作に魅せられた人格破綻者の庵野秀明を選んだことをまとめてきたが、宮崎が述べた「庵野は、現代で一番傷つきながら生きてるんですよ」とは一体なんのことだろうか。それは、自身と同じように監督の立場で、制作をひっぱっていく庵野が、自分と同じように傷つき、悩みもがきながら生きてきたところからの発言だったのではないかと考える。宮崎と庵野がいかに、周りのスタッフを巻き込み、蹂躙し、踏みつけながらも、堀越二郎と同じように美しいものをつくるために、努力し、そして自分自身も傷ついていったのかというエピソードをまとめてみる。

宮崎駿は「風の谷のナウシカ」を創り上げ、同時にスタジを潰した。

 「風の谷のナウシカ」は、制作期間が6ヶ月という超タイトなスケジュールで、宮崎は、トップクラフトの制作スタッフを集め、非常事態宣言を出す。

「六ヶ月で作らなきゃいけないから、まったく余裕はない。土日休みなし。1月1日だけ休もう。」そう宣言して、それを実行に移すんです。実際には八ヶ月かかりました。僕が宮崎駿に感心したのは、ほんとうによくしゃべる宮さんが作画に入った途端、無駄口を一切きかなくなったことでした。朝の九時から、夜中の三時四時までデスクに向かい、飯も持ってきた弁当を箸で二つに分けて、朝と夜五分ずつで食べる。それ以外はずーっと仕事なんです。音楽も一切聴かない。その姿を見せつけることによってみんなを引っ張っていく。自分にも厳しかったけれど、他人にも厳しかった。すごかったですね。(「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」より)

 映画は無事に完成し、それなりにヒットしたが、主力となったトップクラフトのスタッフが一斉に辞表を出したのだという。宮崎の1本の映画が、スタジオを壊したのである。当時の宮崎の様子を鈴木敏夫はこう語っている。

『風の谷のナウシカ』が完成した時、宮崎駿は「もう二度と監督はやらない。友達を失うのはもう嫌だ」と宣言しました。一本の作品を完成させるためには、机を並べていた人に対して厳しいことを言わなければならないこともある。アニメーターの描いた芝居が自分の意図と違う方向に向かっていると「違う」と指示を出さなきゃならない。その一言ごとに、みんなが離れていく。宮さんは、この孤独に耐えられないと言うんですね(「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」より)

 常に引退発言を続けてきた宮崎はこんな思いをしながら、創作に励んでいたということだ。
 庵野秀明というと、エヴァンゲリオンシリーズで、うつ状態になったり、自殺を考えたりというエピソードが有名だが、「シン・ゴジラ」で慣れない実写の撮影現場へ、役割を超えて介入し、破壊していったエピソードを紹介する。

庵野秀明は、「シン・ゴジラ」で現場を破壊した

 「シン・ゴジラ」の制作にあたって、庵野秀明は、総監督という立場で、担当するのは、主に脚本とプリヴィズ(撮影前の画面設計)で、撮影現場の監督は樋口真嗣に任せるという約束だった。だが、年に何本かあるうちの1本というスタッフの意識を感じた庵野は、考えを改め現場に出て混乱をもたらすことで意識改革を試みたのだという。具体的には、
・カメラ位置をミリ単位で動かす
・プリヴィズからすこしでもイメージがずれていたら、プリヴィズのまま公開するぞと言い出す
・エヴァのスタッフに小型カメラとiPhoneをもたせ、現場に突入させる

などなど。現場では、「あの人なんなの!?」「樋口さんが監督じゃないの!?」という怒号が飛び交っていた。
 樋口真嗣は、撮影現場の混乱を産経新聞のインタビューでこう語っている。

庵野総監督は記憶力が抜群に良い。何十テイクも撮っているのに、「3テイク目が一番良かった」などと言う。「テストの方が良かった」っていうのが一番困りました。「撮ってない」と答えると、「なぜだ!」と怒る。だってテストじゃん(笑)。それ以降、テストでもなるべくカメラを回すようになりました。(産経新聞 樋口真嗣監督がエヴァンゲリオンの盟友・庵野秀明総監督を語るより)

庵野総監督はひたすらだれかの仕事を追い詰め、僕らが敷いたレールを踏みつぶしていく。「あー、レールがぺっちゃんこだよぉ…」みたいな(苦笑)。(産経新聞 樋口真嗣監督がエヴァンゲリオンの盟友・庵野秀明総監督を語るより)

庵野:現場では常に怒っていましたね。最初は気を遣ったりもしていたんですが、途中で止めました。僕の感情的な状態は、現場にあまり関係ないんですよ。どっちでも同じなら、自分のエネルギーの温存とモチベーションの持続を優先させて、感情は隠さず表に出していこうと。
自業自得の状況なんですが、正直辛くて、あまり良い記憶がない現場でした。それが作品の緊張感になっていれば幸いです。現場がもっていたのは、おそらく樋口監督のおかげですね。僕のいないところ、見えないところで、随分と立ち回ってくれていたんだろうなと思います。でないと、僕が降ろされていたか現場が降りていたか、どちらかになっていた気がします。面白い作品になり得ないなら、それもやむ無しという、覚悟のうちではありましたが。(ジ・アート・オブ・シン・ゴジラより)

 そんな、庵野秀明と宮崎駿が「風の谷のナウシカ」の制作現場で、初めて出会ったエピソードから、「もののけ姫」公開時からライバルと認識しあうエピソードはこちらから。
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