はーとぼいるどワンダフル。

映画、お笑い、マンガなどなど。たまに広告のことも。

宮崎駿と高畑勲の演出手法と目指したものの決定的な違い

 宮崎駿と高畑勲の最大の違いは、主人公に直接感情移入させる(宮崎)と、やや遠いところから、観客が自由に考える余地を残す(高畑)という演出手法の相違にある。後期の作品では、特に両者の溝は深まることとなる。高畑勲の著書「アニメーション、折に触れて」をもとに、両監督の目指したものの違いについてまとめてみる。
f:id:FC0373:20211123154358j:plain

宮崎駿作品は主人公に直接感情移入させる「思い入れ型」

 高畑勲は、日本のアニメーション他、多くの作品が目指したのは、主人公に直接感情移入させることだったと語る。この感情移入させる技術において、日本のアニメーションは、本場のアメリカより、一歩先んじていたという。
これを高畑は、「思い入れ型」と名付けている。この「思い入れ型」を推し進めたのが、宮崎駿であり、高畑はそれを部分的に否定し、違うものをつくろうとした。これが両者の違いである。

思い入れ型の特徴

  • 物語も演出も主人公に寄り添って描く
  • 主人公の出会うものしか観客には出会わせない。だからこそ作品世界の構造や状況を客観的に明らかにする必要はない。
  • 観客の分かっている危険に主人公が近づき、ハラハラするのではなく、観客自身が主人公とともに未知の領域に連れ込まれドキドキする
  • 主人公を取り巻く外界は単なる背景であることを超えて、うんとリアルに描写しなければならない(観客が主人公と行動をともにし、主観的にのめりこんでしまえる現実世界の代用品が必要なため)
  • 観客を主任校のすぐそばに引きつけておけるから、主人公が客観的に面白く本物の人物に描けているかは関係ない

ディズニーは、観客の感情移入の渦に巻き込むことに失敗した

 高畑は、感情移入させる技術において、日本が一歩先んじたのは、ディズニーの演出手法に問題があったからだと語っている。

ディズニーのスタッフは、人物を描くには、その性格を表現するために、表情や姿態がもっとも捉えやすいアングルを選ぶべき、という正統派的な教えを遵守する。するとカメラアングルはしばしば斜め前や横などから客観的に捉えることになってしまう。二人の関係でも、一方の背中からナメたりせず、両者を平等に入れる。関係は分かりやすいがやはり客観的になる。たとえばアニメーション表現の最高水準を示した『ピノキオ』で、クジラから脱出したピノキオがクジラに追いかけられるクライマックスシーンは徹頭徹尾、横位置で客観的に見せる。スピルバーグの映画や日本アニメのように縦位置で主観的なショットを使い、観客をピノキオの位置に置いて、みずからもクジラに追い詰められている気分にさせてはくれない。これでは「巻き込む」ことはできない。(「アニメーション、折に触れて」より)

そんな、ディズニーの演出手法に対して、日本では、主観的ショットの積み重ねで、観客を感情移入の渦に巻き込めたと語っている。

逆に、日本のアニメがなぜ、絵は大して動きもしないのに観客を巻き込むことに成功したのかは、まず第一にその演出手法による。ディズニーがやらなかった主観的な縦のショットをどんどん積み重ね、観客の目を登場人物のすぐそばに置く。トラックアップなどのカメラワークで幻惑する。動きがなくて止め絵が多かろうが、性格描写がいい加減だろうがかまわない。特に主人公は、観客代表みたいなものにしてあるから、その性格はあいまいな中立的なものでいいのだ。だからキャラクターも類型的でかまわない。(「アニメーション、折に触れて」より)

高畑が指摘する宮崎駿の「思い入れ型」の問題点

 「思い入れ型」の作品が世に溢れ、自然と人間とのつきあい(となりのトトロ)から、激しい戦闘シーンまで、あらゆる種類の現実には起こり得ないファンタジードラマに強いリアリティを持ちながら人生を歩んでいる人が、ほとんどになってしまったと高畑は語る。これでは、学校と家庭の往復の日常に強い現実感を感じにくくなる子どもが増えてもおかしくないし、映像によって得た「原風景」と「現実」の落差に失望することもあるだろうと警鐘を鳴らす。

 映像の中のヒーローがいかにも英雄然としていれば、観客は自分との距離をはっきり保つことができる。ところが現在の巧みな作劇術では、一見観客と同程度の凡人に、非凡な力を発揮させ、大活躍して問題を見事に解決したり何かを達成させる。主人公を身近に感じ、自分と重ね合わせ、作品世界に没入させるためである。しかもその舞台となるファンタジー世界は、一見現実以上に複雑怪奇、理解不能で、状況判断のしようがないように見えるにもかかわらず、主人公は臆することなくその中に平然と足を踏み出す。状況が摑めているはずもないのに果敢な行動にうって出る。そしていつの間にか身につけた超能力によって、なぜか成功する。成功するために必要なのは、的確な状況判断や戦略ではなく、「愛」や「勇気」なのだから。(「アニメーション、折に触れて」より)

高畑勲が目指した客観的に主人公を見つめる「思いやり型」の特徴

 宮崎駿作品のほとんどが、主人公に直接感情移入させる「思い入れ型」であったのに対し、高畑勲が目指したのは、「思いやり型」の感情移入であるという。「思いやり型」とは、主人公に直接感情移入させるのではなく、あくまでも正常な想像力を働かせた他者への感情移入だという。そして、主人公と適切に距離をとることで観客に涙だけではなく、「笑い」を呼び起こせるのだという。高畑は、著書「アニメーション、折に触れて」で、「思いやり型」の代表作品として、「トイ・ストーリー」を上げて説明している。

思いやり型の代表作品「トイ・ストーリー」の特徴
  • 主人公は、人間の子どもではなく、明らかに他者である玩具であること
  • 逆に彼らの住む世界の設定は、ひどくリアルで、人間界そのものである
  • そのため、演出がいかに主人公(玩具)に寄り添っても、観客は人間である意識を捨てることはできない。

「トイ・ストーリー」こうした作品構造と演出によって、あくまでも正常な想像力を働かせた他者への感情移入を引き起こし、観客の笑いさえ呼び起こす高畑は「トイ・ストーリー」に関して、このように語っている。

ウッディやバズがあんなにも可哀想なのに笑わずにはいられないのは、あるいは、あんなにもおかしいのに可哀想でしかたがないのは、この健全なメカニズムのおかげなのだ。いったい今まで誰が、ペットたちの主人への忠誠心や愛情に関して、これほど痛切に思いやる機会を与えてくれただろうか。(「アニメーション、折に触れて」より)

高畑勲が表現したもの

 高畑は、自身の演出を宮崎駿と比較し、こう語っている。

「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」などをふくめ、わたしはそれまでも観客を完全に作品世界に没入させるのではなく、少し引いたところから観客が人物や世界を見つめ「我を忘れ」ないで、考えることができるような工夫をしてきたつもりではいたのです。ドキドキさせるだけでなく、客観的に状況を示し、ハラハラもさせたい。場合によっては主人公を批判的にも見てもらいたい。(高畑勲 「漫画映画の志」より)


「平成狸合戦ぽんぽこ」では、意識的に宮崎駿的な、思い入れ型ではなく、「アンチ巻き込み型」を目指した。
f:id:FC0373:20210905120149j:plain
そして、強まる「思い入れ型」に対抗するため、見かけ上のリアリズムを放棄した「ホーホケキョとなりの山田くん」をつくった。
f:id:FC0373:20210905120318j:plain

庵野秀明が語る宮崎駿と高畑勲の違い

 「エヴァンゲリオン」シリーズで知られる庵野秀明は、かつて「風の谷のナウシカ」(宮崎駿監督)や「火垂るの墓」(高畑勲監督)へスタッフとして参加した経験から、両者の違いを語った言葉がある。これが、感情移入の主観的な宮崎と、観客をある種突き放す客観的な高畑勲の特徴をよく表している。

宮さんはパースがいい加減だけど、それがいい

庵野:宮崎さんが言ってた、僕が『ナウシカ』の時に教わって「なるほど!」って思ったのが、宮崎さんって一点透視とか二点透視とか三点透視、すっごく嫌がるんですよね。レイアウトをとる時に一点透視で描いてたら、まずNGですね。「描き直せ」って。

川上:(笑)。

西村:聞いたことありますね。

庵野:宮崎さんは「同心円で描け」って。だから、いい加減なんですよ、パースが。宮崎さんのレイアウトって、本当にいい加減なんですよね。

西村:(笑)。

庵野:パース的には。でも、それがいいんですよ。だから、宮崎さんのレイアウトって、宮崎さんしかとれないんですよね。

西村:パースそのもの、……パースペクティブ、その空間の図面というか、正しいかどうかっていうパースペクティブなんですけど、それを狂わせるのがジブリのレイアウトだったっていう。狂わせるというか……。(ログミー 宮崎駿と高畑勲の差は「おもしろい」より)

高畑は、小津安二郎のように正確

庵野:っていうか、宮崎さんのレイアウトはそうなんですよ。高畑さんはそんなの許さないですよ。

川上:(笑)。

西村:許さなかったですね。

庵野:ええ。高畑さんはかっちり描くじゃないですか。

西村:そう、かっちり。

庵野:小津監督みたいな。もう、畳の上3ミリにカメラを置く、みたいな。

庵野:そんなん、どうやってアニメーターに強要できるんだろうっていう難しいアングルをやるじゃないですか。宮崎さん、そんな時はもうパッとカメラ上に上げちゃいます。

庵野:宮崎さんのいいところは、自分が描けないレイアウトはやんないんですよ。「あー、面倒くさい」って思ったら、たぶん面倒くさくないカットに変えちゃいますよね。

高畑さんは自分で描かないんで、それを絵描きに強要してますよね。あれが高畑さんのすごいところですけど。(ログミー 宮崎駿と高畑勲の差は「おもしろい」より)


絵巻物まで、さかのぼり、日本人にとって漫画映画、アニメーションとは何だったのか、宮崎駿と自身の考えの違いなどを著した高畑勲の名著はこちら

 宮崎駿関連記事まとめはこちら
fc0373.hatenablog.com
 鈴木敏夫が語る宮崎駿と高畑勲の愛憎入り交じる奇妙な関係についてはこちら
fc0373.hatenablog.com
 高畑勲の常人では考えられない異常なこだわりがわかるエピソードまとめはこちら
fc0373.hatenablog.com
 高畑勲が「火垂るの墓」で本当に描きたかったことはこちら
fc0373.hatenablog.com
 宮崎駿の圧倒的な名言まとめはこちら
fc0373.hatenablog.com
「ハウルの動く城」監督を降板となった細田守とジブリの愛憎相半ばする関係はこちら
fc0373.hatenablog.com
庵野秀明を支え続けたスタジオ・ジブリという存在と歴史についてはこちら
fc0373.hatenablog.com