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宮崎駿の圧倒的な名言まとめ

 宮崎駿の圧倒的な名言をまとめてみた。
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創作論

企画は半径3メートル以内に転がっている

 鈴木敏夫が宮崎駿からよく聞く言葉として著書「仕事道楽 スタジオジブリの現場」の中で紹介した言葉。 宮崎の豊かな発想がどこから生まれるか興味津々な人が多いが、すべて友人との話、スタッフとの話の中から企画を生み出しているのだという。

鈴木:宮さんはこう言うんですよ、「ジブリで起きていることは東京でも起きている。東京で起きていることは日本中で起きている。日本中で起きていることはたぶん世界でも起きているだろう。(「仕事道楽 スタジオジブリの現場」より)

いちどヒットしたものの踏襲をあえてしない

 宮崎駿は企画の面で、ヒットしたものの踏襲をあえてしてこなかったと「出発点 1979~1996」で語っている。これは、プロデューサーの鈴木敏夫も同様のことを語っていて、安全パイに逃げることなく、あえて、違う方向性の作品を作り続けることが、結果的にジブリ作品の興行面でも良い方向に働いた。

結末のわかっているものを作っても、おもしろくないよね

 鈴木敏夫が著書「仕事道楽 スタジオジブリの現場」の中で紹介した宮崎の言葉。宮崎の映画づくりの特徴として、絵コンテを途中まで描くともう作画に入ってしまうことを挙げた。

鈴木:このお話の結末がどうなるかわからない、そのスリルとサスペンスを監督以下全員が味わうことが、映画をおもしろくし、その作品にとってある幸運をもたらす。宮さんはそう考えたんです(「仕事道楽 スタジオジブリの現場」より)

「人っていうのはこういうものだ」ていうふうな描き方じゃなくて、「こうあったらいいなあ」っていう方向で映画を作ってます。

 「風の変える場所 ナウシカから千尋までの軌跡」での名言。多くのメディアで語ってきた宮崎駿の創作の基本の考え方だという。「人っていうのはこういうものだ」という描き方を考えた場合、宮崎は自分自身のだらしなさをまず考えてしまうようで、そんなことを他人に伝えたいとも、共感を得たいとも思わないという。子どもに向けて映画をつくろうと決めた時からこの姿勢はぶれないのだという。逆に大人に向けてつくるのであれば、「あなたは生きている資格がないよ」ということを力説する映画をつくるのだという。

アニメの世界は、「虚構」の世界だが、その中心にあるのは「リアリズム」であらねばならないと私は思っている。

 宮崎は主人公以外の人物や世界を映画いていない作品は、「リアリズム」がなく見るに値しないと語っている。

宮崎:現代のスーパーマンには機械とか技術といったものがともなっている。そうしたときに、その機械を動かす人は一人でも、動かすまでに設計者や整備士など何人もの人がいるはず。そういうところまで描いてこそ「虚構」の世界であっても「本物」であり、それを描かないような作品は、私はイヤだ。(宮崎駿「出発点」より)

自分が善良な人間だから善良な映画を作るんじゃないですよね。自分がくだらない人間だと思ってるから(笑)善良な人が出てくる映画を作りたいと思うんです

 「風の変える場所 ナウシカから千尋までの軌跡」での名言。宮崎はこう続けている。

宮崎:それは、例えば、子供がある肯定的なものに作品の中で出会ったときに、こんな人いないよとか、こんな先生いないよとか、こんな親はいないよって言っても、そのときに「いないよね」って一緒に言うんじゃなくて、「不幸にして君は出会ってないだけで、どこかにいるに違いない」って僕は思うんですよ。(「風の変える場所 ナウシカから千尋までの軌跡」より)

僕がチャップリンの映画が一番好きなのは、なんか間口が広いんだけど、入っていくうちにいつの間にか階段を昇っちゃうんですよね。あれがエンターテインメントの理想じゃないかと思うんです。

 「風の変える場所 ナウシカから千尋までの軌跡」での名言。チャップリンが、エンターテインメントの理想であり、ディズニー作品は、入り口と出口が同じで、「ああ、楽しかったな」で出てくるといい、そういう偽物加減がいやだと語っている。観た人がちょっと元気になるとか、ちょっと気持ちが新鮮になったとか、そういうところを狙い目にしなければならないと語っている。

僕は回復可能なもの以外は出したくないです。
 「風の変える場所 ナウシカから千尋までの軌跡」での名言。自身の作品に本当の悪人が出てこないと言われることに対して、「本当に愚かで、描くにも値しない人間をね、僕らは苦労して描く必要はないですよ!ー中略ー僕は描きたいものを描きたいですよ。」と語っている。
 

映画の一番いいところは、映画館で観た人がつまらないって腹を立てることなんです。

 「折り返し点  宮崎駿」が語った映画産業の未来について問われた際の言葉。テレビは面白くないなら消してしまえばいい、漫画や小説は読むのをやめてしまえばいいという中で、映画はほとんどの人が、映画館で最後まで観て、面白くなければ腹が立つ。そんな映画の特性が、「評論」を生み出すし、人の喜怒哀楽を生み出す点で、映画産業は続いていくだろうと述べている。

死生観

人間は生まれ落ちたときに「可能性」を失っているのである。

 アニメをつくる人の原点について語った際の言葉。生まれ落ちた瞬間に、別の国、別の時代、性別など、あらゆる可能性を失った人間は、空想の世界で遊ぶようになるのだと宮崎はいう。宮崎によると、これが、「失われた世界への憧れ」であり、自身がアニメをつくる原動力なのだと語っている。

僕には小さい時から、生まれてきたのは間違いだったんじゃないかという疑念がありました。

 「折り返し点  宮崎駿」で語った言葉。幼少の頃、体が弱く死にかけたこともある宮崎、親がその時のことを思い出し、「大変だった」と語るたびに、生まれてきたのは間違いだったんじゃないかという思いに囚われたのだという。そんな宮崎の弱い心を支えてくれたのが、手塚治虫の「新宝島」だったのだという。前述の、「失われた世界への憧れ」が芽生えたのだろう。

子供は可能性を持ってる存在で、しかもその可能性がいつも破れ続けていくっていう存在だから

 宮崎が子供に向けて映画を作るのは、子供が必ず抱える前述の「生まれてきて間違いだったんじゃないか」という想いや、「失われた世界」を、せめてファンタジーの世界では取り戻してあげたいという想いからである。「風の変える場所 ナウシカから千尋までの軌跡」での名言。
 

「生まれてきてよかったんだよ」と言える映画を作りたい。

 「折り返し点  宮崎駿」で映画をつくっていく上で、これからも大事にしたいことはと問われた際の言葉。「ハウルの動く城」制作後に、ジブリのスタッフや関係者で、結婚や子どもが生まれることが相次いだのだという。「大変な時代に生まれてしまったね」と言いたくなるが、生まれてきてくれたことへの想いが強い宮崎は、この大変な現実世界との架け橋を映画でつくりたいと思ったのだという。

善も悪も、全部それぞれの人間の中にあるんです。世界っていうのはそういうものだと僕は思っています。

 「折り返し点  宮崎駿」で語った、もののけ姫、制作時のインタビューでの言葉。宮崎は、この言葉の通り、物事の両側にあるいいこともあれば必ず悪いこともあるということを描きたく、山犬のモロの君は、優しくて残忍に描き、エボシ御前は残酷だが、女性と差別された人々を開放した英雄として描いたのだという。

自然を破壊してる人が人間的には実はいい人だったりするわけです。

 「もののけ姫」公開後のインタビューでの言葉。エボシ御前が、森を切り崩してタタラ場をつくったが、鉄を生産することで、女たちを開放し、差別されたハンセン病の人を人間として扱うことができたというインタビュアーの言葉に対して、応えた言葉。
人間の歴史ってそういうものなんですね。戦争やったおかげで女性の職場進出がすすんだりするわけです。僕は複雑な部分は切り捨てて、善と悪だけで見ようとしても、物事の本質は掴めないと思います。


 


その他

庵野は庵野であればいんですよ。ともかく、頑張れって。

 弟子筋の庵野秀明に密着したNHKの「さようならすべてのエヴァンゲリオン」で、庵野秀明との関係について語った言葉

宮崎:たまに会って、まだエヴァンゲリオン終わってないの?いい加減、早く終わらせなよって(笑)そういうことはありましたけど。それだけです。庵野はいつも庵野ですよ。庵野は庵野であればいんですよ。ともかく、頑張れって。おれはもうくたびれてきたけど、お前はまだ頑張らないとだめだって。(NHK 「さようならすべてのエヴァンゲリオン」より)

宮崎駿と庵野秀明の全エピソードはこちら
fc0373.hatenablog.com

人間なんて、滅びたっていいんだよ!!

 庵野秀明が、参加した「風の谷のナウシカ」の制作打ち上げで、宮崎駿が突然叫び、庵野が宮崎に強烈なシンパシーを感じた言葉。
庵野:ナウシカの打ち上げの時に、スタッフのアニメーターの若い女の子が、人が滅びる話なんて、描いていいんですか?って言ってて、そしたら宮崎さんが

宮崎:人間なんて、滅びたっていいんだよ!!

庵野:とにかく、この惑星に生き物が残っていれば、人間の種なんてなくなったっていいんだってことを怒鳴ってるのを聞いて、ぼくはこの人、凄いと思ったんです。クリエイターとして宮さんが、好きになった。人そのものに執着していないって、あれ凄くいいですよね。(ラジオ「鈴木敏夫のジブリの汗まみれ」より)

これまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです。

 宮崎駿は少年時代に手塚治虫作品に得も言われぬほどの影響を受けたが、その後、手塚治虫のアニメーションや、悲劇性に対して、失望したことで、影響下から逃れることができたのだという。

アニメーションに関してはーこれだけはぼくが言う権利と幾ばくかの義務があると思うので言いますががーこれまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです。
一時、彼が「これからはリミテッドのアニメーションだ。三コマがいい三コマがいい」とさかんに言っていましたが、リミテッド・アニメーションは三コマという意味ではないですし、その後言を翻して「やっぱりフルアニメーションだ」とあちこちで喋るに至って、フルアニメーションの意味を知らずに言っているんだと思ってみていました。同じようにロートスコープをあわてて買い込んだ時にも、もう僕らは失笑しただけです。(COMIC BOX手塚治虫特集インタビューより)

俺は十五年間、高畑勲に青春を捧げた。何も返してもらっていない。

 鈴木敏夫の著書「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」からの名言。
 ヒットに恵まれず、業界を干されていた宮崎駿の再起をかけた作品「風の谷のナウシカ」で、ずっといっしょにやってきた尊敬する高畑勲にプロデューサーをやってもらいたかった宮崎。
 当時、徳間書店の鈴木敏夫が、高畑勲に交渉するも断られたと、宮崎に告げたあと、宮崎が鈴木敏夫と珍しく飲みに行き、漏らした言葉。宮崎は、日本酒を一気に空け、俺は高畑勲に青春を捧げたのに何も返してもらっていない、と話し号泣した。そんな宮崎の姿を見ていたたまれなくなった鈴木は、高畑を怒鳴りつけ、結果プロデューサーを引き受けてもらったそうだ(笑)

もう二度と監督はやらない。友達を失うのは嫌だ。

 鈴木敏夫の著書「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」からの名言。
 「風の谷のナウシカ」が完成した時に宮崎が発した言葉。

「風の谷のナウシカ」が完成した時、宮崎駿は「もう二度と監督はやらない。友達を失うのはもう嫌だ」と宣言しました。一本の作品を完成させるためには、机を並べていた人に対して厳しいことを言わなければならないこともある。アニメーターの描いた芝居が自分の意図と違う方向に向かっていると「違う」と支持を出さなきゃならない。その一言ごとに、みんなが離れていく。宮さんはこの孤独に耐えられないと言うんですね。(「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」より)

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