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【考察】「もののけ姫」サンがエボシ御前の娘である7つの理由 

 「もののけ姫」のサンは、エボシ御前の娘であるという考察を多くの人が唱えている。映画の中で二人の関係性については、描かれていないのだが、なぜそんな考察が生まれたのか、そして二人が親子であることの確証までをまとめてみる。


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 評論家の岡田斗司夫は、前々からエボシ御前とサンは親子なんじゃないかと、考えていたそうだ。だが、いくら宮崎駿や鈴木敏夫の発言を見ても、親子であることを書いていない。書いていないが、親子でなければ、つじつまが合わないということで、いくつか論拠を述べている。

① サンの設定が他と比べて不自然

 ジブリ関連本、設定資料をいくら読んでも、サンの設定は、「森を犯した人が、生贄として赤子を置いていった」としか書いていない。エボシ御前が倭寇に売られた話や、ジゴ坊にも詳細な設定がしてあるのに、なぜメインキャラクターのサンの設定が抜け落ちているのか?

②鍵となるのは、エボシ御前の設定

 エボシ御前は、倭寇の頭目に買い取られ妻となるが、次第に裏から組織を支配し、夫である頭目を自らの手で殺害し、明の兵器と共に日本へ帰ってきたという壮絶な裏設定が公式資料にある。かつて弱者であったエボシ御前だから、女性たちをタタラ場で働かせることにより解放し、差別を受けるハンセン病の人たちも平等に扱ったのである。
 岡田は、もしサンが、倭寇の頭目とエボシの間の子供であったなら、エボシは愛することができなかっただろうと言い、こう考えると、あらゆることのつじつまが合ってくると言う。

③タタラ場の産児制限

 岡田が違和感を覚えたのは、「タタラ場に子供がいない」ことであるという。

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 宮崎駿の映画、「ラピュタ」や「風の谷のナウシカ」でも、共同体では必ず子どもが走り回っている描写がある。岡田は、なぜ宮崎が子どもを描いていないのか、タタラ場の特殊性から考察している。
 タタラ場は、エボシ御前が森を切り崩しつくった、村や国まで成熟していない開拓村(集落)レベルであり、製鉄所でもある。危険な場所であり子どもや老人など働けない人を受け入れることができない場所である。ハンセン病の人たちは、石火矢をつくれるという能力があるからこそ、タタラ場にいることができる。
 同時に、タタラ場の中で結婚する人もいるだろうに、子どもがいないのは、相当強い産児制限(出産制限)をひいていたからだろうと岡田は予測している。そして、エボシ御前が自ら自身の子ども(サン)を捨てたのであれば、皆が納得して、産児制限を受け入れるだろうというのが岡田の説だ。

④エボシ御前とモロの君が憎み合う理由

 映画の中で、モロがエボシ御前に撃たれるシーンがあるが、撃たれる前からなぜ、エボシ御前とあそこまで憎み合うのか?モロはエボシを噛み殺すまではやめられないという。
 モロは愛するサンを捨てたエボシを憎み、エボシ、自身の罪の象徴であるサンを育てるモロの君を憎んでいるという構造と考えると、しっくりくると岡田は語っている。

⑤エボシ御前はサンとの戦いで手加減しているように見える

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 サンとエボシの対決シーンでは、明らかにエボシはサンを殺しにいっていない、ある種の手加減をしているように見える。

⑥エボシもモロの君もサンを救おうとしている

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エボシ御前:アシタカはここに泊まり、力を尽くさんか?古い神がいなくなり、森に光が入れば、ここは良い国になる。もののけ姫も人間に戻るだろう。

 エボシは山犬を殺し、シシ神を殺し森を文明化すれば、もののけ姫は人間の世界に帰ってくると思っている。
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黙れ小僧!お前にあの娘の不幸が癒せるのか。森を侵した人間が、わが牙を逃れるために投げて寄越した赤子がサンだ。人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ、哀れで醜い可愛いわが娘だ。…お前にサンを救えるか。

 このように、「もののけ姫」では、アシタカに対して、エボシ御前とモロの君という二人の象徴的な母親が、「お前にサンが救えるのか?」とあざ笑い、覚悟を問う構造となっているのだ。

⑦初期構想の「もののけ姫」の絵本の内容が確証

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 ここまで、主に岡田斗司夫による考察となるが、宮崎駿が過去に、TVシリーズとして構想されていたもう一つの「もののけ姫」に明らかな答えがあった。もう一つの「もののけ姫」のストーリボードをまとめたものが絵本として出版されている。ストーリーを簡単にまとめてみると、

戦いにやぶれた武士がたどり着いた先で食べ物を食べていると、大きなもののけが帰ってくる。もののけにおどされた武士は、自分の三番目の娘「サン」を嫁にやるから、命だけは助けてくれとこう。もののけは取引にのる。家に戻り、サンと暮らしていた武士に悪霊が力をやるから、体を貸せと取引をもちかける。戦いにやぶれ、もののけとも取引をしてしまった武士は、悪霊との取引にのる。力を得た武士だが、取引の様子を見ていたサンを悪霊が追い出すようにと武士を操る。追い出され、もののけのもとへ行ったサンは、本当の父親を取り戻すために、もののけと共に冒険の旅に出る。

といった内容である。おそらく、この父親(悪霊)を女性に置き換え、エボシ御前としたのが、映画版「もののけ姫」なのだ。宮崎駿は、「もののけ姫はこうして生まれた」という密着ドキュメンタリーの中で、初期設定から変えていく困難さをこう語っている。

主人公を変えても、結局「父にうとまれ、もっとも卑しい醜い者に嫁にやられる娘」という基本設定が亡霊のように忍び込んできて、堂々巡りになってしまう。

 この言葉から想像するに、没にしようとした初期設定だが、父親(悪霊)を、エボシ御前に託して描いてしまい、やはりサンとの親子の話に収まりかけたので、アシタカを主人公とした、ストーリーの進め方を採用し、サンの設定資料にあったであろう物語を削除してしまったのだろう。映画を見ていると、エボシ御前がサンの親ではないのか?と感じる違和感は、この特殊な制作過程にあったのだ。

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