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村上春樹は何が凄くて、なぜ世界で売れるのか 識者の批評まとめ

 村上春樹は何が凄くて、なぜ世界で売れるのか 識者の批評をまとめてみた。


小説家 村上龍 「世界の最大公約数を捉えている」

 デビュー当時、W村上と称され春樹とともに文壇の中心に立った村上龍は、春樹の凄さを「一般性」にあると語っている。

太田:よくね、デビュー当時から(春樹と)並び称されて。

村上:今はそんな会ってないですけど、昔仲よかったですよ。海外でご飯食べたり、日本で食べたり。お互い、違うタイプの作家だなあと思ってたから、そうやって付き合えたんじゃないかなと思うんだけど。

太田:今、現状で凄い売れるじゃないですか?向こう側の人は。この間の読まれました?

村上:最近のは読んでないですけど、海外で人気があるのはわかりますよ。

太田:分かる?わかんねえんだよなあ…

村上:ふふ(笑)あのぉ…凄く一般的なことを春樹さん書いてるから。

太田:一般的でしょ?だから、つまんないんじゃないんですか?…

村上:だから一般的なことが凄く興味があって、面白くて、自分と同じ悩みを持っている人がいるんだなって、世界中の人の最大公約数みたいなのが大きいんじゃないかなと思うんですよ。そういうことをやることは、かなり難しいことですよ。(爆笑問題の日曜サンデー 村上龍ゲスト出演回)

小説家・エッセイスト 林真理子 「文体の素晴らしさがリズムになる」

 小説家・エッセイストの林真理子は、同業者の村上春樹を素直に「凄い作家」であると語っている。

林:村上春樹さんってね、本当に凄い作家だと思う。文体に中毒性があってね、非常に清潔で簡潔で。ちょっとね、ユーモアが入る。そのユーモアがすごく質が良くて、そして比喩が優れている。文体の素晴らしさっていうのがリズムになって、あの一冊読むとまた一冊読みたい。そして、気がづくと村上ワールドにハマってしまうんですけど。

ー結構、読まれてるんですか?

林:はい、もちろん。長編も読んでますけど。長編優れたものを書く方でも短編はちょっとっていう方もいるし、短編はいいけどちょっと長編になると力尽きるっていう方もいるんですけども。村上さんはどっちも凄く才能をお見せになります。

思想家 内田樹:翻訳するときに誤訳が出ない奇跡的な日本人作家の二人のうちの一人

平川 水村美苗さんが書いていたけど、ジョン・アップダイクが英訳された漱石はどこがいいのかさっぱりわからないって言っていたらしい。漱石は日本が近代化していくプロセスのなかでの「近代的自我」をつきつめたわけで、一級の「国民文学」だけど世界性のある物語作家じゃない。

内田 誤訳がなかったのが谷崎潤一郎と村上春樹。実際に『羊をめぐる冒険』(82年)の冒頭のフランス語訳を僕がもう一度日本語に重訳してみたら、村上春樹の原文とほとんど一言一句違わなかった。

平川 君の文体が村上文体という面もあるけどね(笑)。

内田 でも、誤訳の余地がないというのは希有なことだよ。

平川 それは、村上春樹が書く一つ一つの言葉はものすごく平易だからだね。あまり多義的な意味を含ませないし。村上文学は、詩みたいな両義的な言葉を積み重ねていく書き方ではなく、平易な文体で一つの世界を創っていく。それはフェアなやり方ですよね。(2012年10月16日 【ノーベル賞残念対談】内田樹×平川克美
「なぜ世界中の人が村上春樹の小説にアクセスするのか」より)

村上春樹の世界性は「欠落感」にある

内田 あと、村上作品の世界性は「欠落感」だというのが僕の仮説なんだ。

平川 村上春樹が「語らないこと」だよね。彼には言わないことがある。あれだけ饒舌に小説を書いても、けっして口にされない虚無が言語活動の中心にはある。

内田 父の話だね。父と息子の話は絶対に書かない。

平川 彼の父は戦争中、中国にいたんだけど、中国で一体何を見たのか。『中国行きのスロウボート』(83年)は重要な作品だけれど、実に謎めいているよね。

内田 それは「父がついに語らなかったこと」だと思う。父は語ることのできない経験をして、それを語らぬままに死んだ。その事実だけが息子に遺贈された。

平川 先日の朝日新聞でもノモンハンに触れ、「つまらないことのために人々が殺し合った」と書いていた。

内田 父から受け取ったものは、「言葉にできない体験を私はした」というメッセージだけだった。それは中国にかかわるものだった。その欠落感が村上春樹の文学に深く関わっている。(2012年10月16日 【ノーベル賞残念対談】内田樹×平川克美
「なぜ世界中の人が村上春樹の小説にアクセスするのか」より)

漫画家・評論家 山田玲司

「すごい奴」を見ている「僕」という傍観者の視点

山田:村上春樹作品は「すごい奴」が出るんですよ。で、「すごい奴」を見ている「僕」っていう視点が凄い出るんですよ。だから、そのデビュー作の「風の歌を聴け」の鼠っていう存在と、僕の存在とか。鼠っていう「すごいヤツ」もしくは「ヤバいやつ」「もしくはダメなやつ」。つまり人生を主人公として生きている奴が前にいて、「すごい奴」を見ている「僕」という傍観者の視点で描かれる物語が凄い多いんですね。(山田玲司のヤングサンデー「時代に、人に刺さる理由〜村上春樹はなぜ売れるのか?」より)

「風の歌を聴け」あらすじ:1970年の夏、海辺の街に帰省した<僕>は、友人の<鼠>とビールを飲み、介抱した女の子と親しくなって、退屈な時を送る。2人それぞれの愛の屈託をさりげなく受けとめてやるうちに、<僕>の夏はものうく、ほろ苦く過ぎさっていく。青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた出色のデビュー作。群像新人賞受賞。(Bookデータベースより)

独特の諦めが「主人公になれない世界」に深いところで直撃している

山田:だから、僕らはもう主人公になることやめよう!っていう。そんなのは、もう無理なんだって諦めてる、でもちょっと憧れてもいるんですね。おそらくねルーツになってるのはフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」の主人公である僕がギャツビーを見ているあの視線ですよね。あれが、村上春樹の作品には凄い出てくるわけなんですよ。これが主人公になれない団塊以降の世代たちに深い部分で直撃すると思います。「やれやれ」って言って。つまり甲子園を目指さない人達の世界。ヤバい奴をただ見ていただけのやつがどれだけ多いか。その人たちにもプライドがあるわけですよね。そのプライドをくすぐりながら、その生き方をしてしまったことによる「孤独」「悲しみ」そして、それでも生きていかなばならないという。(山田玲司のヤングサンデー「時代に、人に刺さる理由〜村上春樹はなぜ売れるのか?」より)

「グレート・ギャツビー」あらすじ:豪奢な邸宅に住み、絢爛たる栄華に生きる謎の男ギャツビー。彼の胸にはかつて一途に愛情を捧げ、失った恋人デイズィへの異常な執念が育まれていた……。
第一次世界大戦後のニューヨーク郊外を舞台に、狂おしいまでにひたむきな情熱に駆られた男の悲劇的な生涯を描き、何度も映画化された20世紀文学最大の問題作。滅びゆくものの美しさと、青春の憂愁を華やかに謳いあげる世界文学の最高峰。(Bookデータベースより)

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