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天才成田悠輔の弟、成田修造が起業家になるまでの経歴・学歴と苦悩エピソードまとめ

天才成田悠輔の弟、成田修造が起業家になるまでの経歴・学歴と苦悩エピソードとは?成田悠輔とはどんな関係性なのか?まとめてみた。


成田修造の経歴・学歴・兄との関係性

成田修造の経歴・学歴・兄との関係性を調べると以下のことがわかりました。

●麻布に入学した兄を追うも中学受験に失敗
●中学で父が失踪、人生への危機感を持ち努力を始める
●高校生時代、母が病に倒れ、家計の管理をする
●東大を受験も2点差で不合格、慶応大学に進学
●起業家を目指したのは、兄の助言があったから
●兄のことを尊敬しているが、比較されて嫌だったこともある

まずは経歴から詳しく見ていきます。

中学生時代

兄を追って中学受験するも失敗

たまたま頭が良かったため、それなりに勉強したら麻布中学に合格したという兄、成田悠輔の後ろ姿を見ていた修造。

なんとなく、自分も中学受験とかした方がいいんじゃないか?と考えたのだという。

だが、修造は麻布中学には受からず、ワンランク下の中学に入学した。

修造:自分も受験した方がいいのかな?みたいな感じで。自分の中で考えて意思決定したわけではなくて。僕の中では一個後悔。(2022/11/21 街録ch)

父が失踪。修造はおかしな道へ

 成田修造が14歳、中学2年生のある日、借金まみれだった父親が突然失踪し、そこから修造の人生は狂い始めたのだという。

失踪した父を探しだして、逆ギレされる

高橋:中2の3学期のある日ですよね?いつわかったんですか?

修造:いや、なんか帰ってこないってことで。母親から、「どこにいるか分からない。連絡も今のところつかない」って。ー中略ーなんかそのちょっと前に仕事行かない時期があったんですよ。鬱っぽくなって。なんかヤバそうだなってことになったら、フって消えた。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

修造:で、なんか麻布のメンバー(父親が麻布中のため)のネットワーク使って、探してその時は見つかったんですよ!どこどこにいるって。

高橋:どこにいたんですか?

修造:なんかマンスリーマンションにいたんですよ(笑)

高橋:ふふふ(笑)

修造:それでマンスリーマンションに3人で乗り込んでいったんですよ。そしたら逆ギレされて「お前、なんでこんなところに来てんだ馬鹿野郎!」みたいなこと言われて(笑)で帰って。母親と号泣しながらタクシーに乗って帰って。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

失踪した父とはどんな人物だったのか?こちらの記事にまとめています。
fc0373.hatenablog.com



修造は危機感を感じ、天才の兄の後を追う

 父が失踪したことで、成田修造の中に「このままではダメだ!」という感情が生まれた。

尊敬する兄、悠輔と同じように大学の授業に勝手に潜りこんだり、

兄に勧められたおかしな本を読んだりと、若干変な道に行くようになったという。

兄からもらった30冊の読書リスト

修造:僕が中学校2年生の時に、僕も勉強したいから読書リストをくれと、読むべき本をくれって言って、なんか30冊ぐらい兄からどわーーと本のリストをもらって。

高橋:お兄さんはその時何歳ぐらい?

修造:18歳とか。

高橋:どんな本だったんですか?

修造:それこそ、浅田彰さんの本とか。柄谷行人さんの本とか。難しい本ばっかり(笑)

ひろゆき:中学2年生に渡す本じゃないですよね!?(笑)

修造:でもそっからですね。僕もちょっと勉強っていうか。国家とは?みたいな(2022年1月18日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】衝撃!天才・成田兄弟の育て方より)

ひろゆき:それ、全部読んだんですか?

修造:読んだんです。その中に面白い本がありましたよ。金融の本から、戦略的思考の本から、哲学の本から小説も。大西巨人さんの小説とかいろいろあって、こんな世界あるんだ!って。映画は兄もゴダールとか大好きでかなり渋めのやつを僕も見て、少しづつ広げていった。だから、あんまり授業とかは受けてなかった。(2022年1月18日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】衝撃!天才・成田兄弟の育て方より)

天才 成田悠輔が弟 修造に勧めた本、それなりに認めている本まとめはこちら
fc0373.hatenablog.com


高校生時代

修造が高校生の頃、母親は父が失踪したことで心身に不調を来して、病で倒れた。

16歳:母親が大病し、後遺症で障がい者に

修造:母親って(父の失踪の)2年後にくも膜下で倒れてるんですよ。で、母親って今障がい者なんですよ。もっと壮絶なんですよ!(笑)成田家って。ー中略ーだから、兄が20歳、僕が16歳。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

修造は父が失踪した時と同様に「このままじゃヤバい!」という意識が芽生えた。

家計のコントロールから、哲学やアートなど、あらゆる角度での勉強を始めたのだという。

高校生で家計をコントロール

母が障害のせいであまり働けなくなり、家計は火の車に。

修造は奨学金で学校に通い、自炊することで家計をコントロールした。

修造:僕は全部奨学金で学校に通って。ご飯は僕が全部つくってたんですよ。月3万円の食費しか出せなかったんで、僕が家計を全部コントロールしてたんですよ、当時。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

バスケ部に所属していた修造。バスケ道具は、友だちや先輩からもらって部活を続けたという。


参考書だけ1年ぐらいやって慶応大学へ

母が倒れてから、あらゆる角度での勉強を続けてきた修造。

そのおかげか、大学受験も参考書だけやれば普通に慶応大学に合格できた。

 

ひろゆき:成田家は大学行かなきゃなって思うと、いきなり大学受かっちゃう体質なんですか?

修造:そうですね。1年ぐらいやれば、まあそこそこいく、みたいな(笑)

ひろゆき:それは兄に勉強のやり方とか教わったんですか?

修造:僕も兄も予備校って行ってなくて、完全に独学で参考書だけやって、普通にそこそこできるみたいな感じだったので。あんまり勉強っていうのは、そんなにメッチャ困るってことはなかったんですよね。むしろ勉強以外のことばっかやってた。

ひろゆき:ほお。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

大学時代

慶応大学に合格した修造だが、実は東大も受験しており「2点差」で落ちたのだという。

だが浪人をせずに慶応大学に入ったのは、兄からある助言があったからだという。

兄の助言で起業家を目指す

修造は、大学に入る前に、兄から2冊の本を渡された。

それは、元マッキンゼーの大前研一著の『企業参謀』と『コーポレート・ファイナンス』の本だった。

そして、兄 成田修造はこう言った。

成田:まあ、お前はビジネスがいいんじゃないか?

兄の助言を踏まえて、修造は慶応大学で起業サークルに入った。そこで、慶応OBの起業家と出会い会話をする中で「これ、俺もできるんじゃない?」と思ったのだという。

修造:僕もそこから大学で起業サークルに入って、起業家に出会って。大学一年生で出会った起業家が今のユーグレナの出雲社長とラクスルっていう会社の松本社長。僕らのサークルの先輩で身近にいた。これ、俺もいけるんじゃないかな?と思って起業家の道を志した感じです。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

その後、修造は慶応大学在学中にアートをテーマにしたベンチャー企業「アトコレ」を設立。

だが、収益化もできず違う事業を模索したりと、失敗。

その後、2012年に「クラウドワークス」にインターンで参画。

大学4年生の頃には正社員となり、同時に執行役員のポストを与えられた。

修造が語る兄、悠輔の凄さ

修造は、兄が出演する配信や番組にはすべて目を通しているようで、兄の凄さについてはこう語っている。

幼少期から明らかに異人だった

弟である修造の目からも、兄 悠輔が、学校へも行かずに、謎の社会人が集まるいろんなグループに出入りしている姿が、明らかに他の人とは違う「異人」に映っていた。

修造:小学校4~6年生ぐらいだと思うんですけど、その頃から結構もう異人というか、異質なタイプの人間で。彼、麻布中・高だったんですけど、その頃から学校へはあまり行かずいろんな財界というか哲学というかいろんなグループに出入りしてたし、非常に渋い本というか古典の小説を読んだり、哲学書を読んだり、当時から異質な存在でした。(2022年7月1日 PROTOCOLhttps://www.youtube.com/watch?v=1Fy28CJXBlsより)

そんな成田悠輔の異人すぎるエピソードまとめ記事はこちらから
fc0373.hatenablog.com

メディアでの発言の上手さ

修造は、兄がメディアで見せる過激発言は「人を傷つけているのか、傷つけていないのか」というギリギリのラインをつける点が凄いと語っている。

成田悠輔の代表的発言の一つ、高齢化問題の解決策は『集団切腹』であるとの主張。

修造は兄のこの発言に対して、こう述べている。

ひろゆかない:凄えな兄貴って感じですか?

修造:いやぁすごくないですか?なかなか出てこないワードだと思うんですよね。それを『葉隠』でしたっけ?その一説を取り出して、武士道は死ぬことだみたいなね?武士道とかける、三島由紀夫とかけて、むしろ死ぬことが誇りに思える社会をつくる。みたいな傷つけてるのか、傷つけてないのかわかんないぎりぎりのラインでクリティカルなことを面白おかしく言ってるんで。そこで、「安楽死を肯定してます」って言っちゃだめなんだと思うんですよ。老人は切腹するっていうことが素晴らしい社会にすべきだっていう同じこと言ってるんだけど凄いインパクトのある言葉になっているので、エッセイとして素晴らしいですよね。(2022年9月6日ひろゆかないのYouTubeチャンネルhttps://www.youtube.com/watch?v=5tWoECNl3-s

修造が語る兄、悠輔の凄さについてのまとめ記事はこちらから
fc0373.hatenablog.com


天才の兄と比較された苦悩

天才と呼ばれる兄と比較されることに悩みはなかったと問われた修造は、「兄が嫌だったことはない」と言いながら、こう語っている。

修造:いや、兄を嫌だったことはないですよ。特に僕そんなに何て言うんすか?めちゃくちゃ知能的に図抜けてるとかじゃなかったんで。普通に受験とかして、普通にトップ校に難なく入れるとかじゃなかったんですよ。まあまあちゃんと勉強しなきゃいけないし、そもそもそんなに勉強めっちゃ好きじゃないし。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

修造:中学受験も一回落ちてたりする。それは多少のコンプレックスとまでは全然いかないですけど、多少比較されること自体はいい気分ではない。当たり前ですけど。(2022年1月25日 日経テレ東大学【ひろゆきvs成田悠輔の弟】不幸は「楽しもう」より)

まとめ

成田修造が起業家になるまでの経歴・学歴と苦悩エピソードとは?成田悠輔とはどんな関係性なのか?調べると以下のことがわかりました。

●麻布に入学した兄を追うも中学受験に失敗
●中学で父が失踪、人生への危機感を持ち努力を始める
●高校生時代、母が病に倒れ、家計の管理をする
●東大を受験も2点差で不合格、慶応大学に進学
●起業家を目指したのは、兄の助言があったから

修造が大学4年生でクラウドワークスで執行役員に就いたのも、中学・高校生の頃に父の失踪、母の病で「自分でなんとかやっていかないといけない」という気持ちが芽生えて、その頃から勉強をし続けてきたことが影響しているのだろう。

そして、起業家を目指したのは、兄である成田悠輔の指南がきっかけとなっている。

とうとう出た!成田悠輔の初の著書! 22世紀に向けて、読むと社会の見え方が変わる唯一無二の一冊。断言する。若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは日本は何も変わらない。民主主義というゲームのルール自体をどう作り変えるか考えることだ。ゲームのルールを変えること、つまり革命であるーー。

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