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社会学者 宮台真司が語る『エヴァンゲリオン』の真のテーマとは

 社会学者、宮台真司によるエヴァンゲリオンについての批評をまとめてみた。ゼーレとゲンドウの対立、エヴァンゲリオンという物語の真のテーマについて、ユダヤ教とキリスト教の救済感の違いが全てのベースにあると宮台は語っている。

物語のモチーフはユダヤ教の聖典『創世記』


 エヴァンゲリオンは生命の実を求める人間と、知恵の実を求める使徒の争いが描かれる。そのモチーフの元となったのはユダヤ教・キリスト教の聖典である『創世記』にあると宮台は語っている。

人類は楽園に暮らしていた所、ルシファーの化身である蛇にそそのかされて林檎を食っちゃった所から知恵がつくわけ、その結果楽園から追い出されるって話になってるんだけど、実際には創世記を読めば分かるんだけど、知恵の実を食ったからじゃなくて、知恵の実を食ったあと、このアダムが生命の樹を手に入れてしまう可能性があると、そうすると知恵の実と生命の樹を合体させると全能者になっちゃう、全能者って神のことだよね。絶対神はヤハウェってなってるんだけど、本当は名前の無い絶対神なんですよね。アダムも絶対神になっちゃったら自分が絶対者ではなくなる。だからこれを絶対に禁じなければならないということで、神様が楽園からアダムを追い出すという、そういうエピソードがある。

使徒は人間が生命の樹にアクセスできないようにする番人

創世記には人間が生命の実にアクセスできないように、使徒という番人を送り込む、エンジェルのことなんですけどね。簡単に言えば、それがエヴァンゲリオンの使徒なんですよ。人類がテクノロジーをどんどん発展させてきた結果ね、単に知恵がついてきただけでなく、生命をいじろうとしている。例えばね、遺伝子を操作して、テロメアという部分をいじれば永遠に生きられるかもしれない、そういう部分に手をつけようとしている。そういう部分にインスパイアされたのかもしれないですが。

世界観の前提となるユダヤ教とキリスト教の救済観の違い


 エヴァンゲリオンの世界観の前提にあるのがユダヤ教とキリスト教の救済感の違いにあると宮台は語る。それは、神との合一、生命の実へのアクセスを許さないユダヤ教と、神との合一が最終地点にあるキリスト教の違いだ。

宮台:ユダヤ教は合一を許さない、全能者とせいぜい契約をして、怒られないようにしなければいけないっていう話で終わってるんだけど、キリスト教はそうではなくて、イエスが十字架に磔になることによって、人類が負っている原罪、つまり知恵の実を食った事による原罪をすでに購っているんだよね。なので実はもうその部分では神様に許されている。

宮台:そうするとキリスト教徒にとっての最大の関心は最後の審判の時に永遠の生命を得られるかどうか、つまりこれは生命の樹が手にはいるかどうかと同じなんだけど、ユダヤ教では絶対、生命の樹を手に入れちゃいけないって話になっているんだけども、キリスト教にはイエスによる贖罪っていうモチーフが入っているせいで、皆が死んだあと、永遠の生命を得て神と合一するっていうね、そういう発想になっているわけ。その意味でユダヤ教とキリスト教の対立がそこにあるとも言える。

 このユダヤ教とキリスト教の思想の違いが、ゼーレとゲンドウが目指す人類補完計画の違いとして物語に埋め込まれていると宮台は言う。

ゼーレの思想とゲンドウの目指す人類補完計画の違い

 ゼーレの思想は贖罪をして「今ある不完全な状態から元に戻りましょう」というユダヤ教的救済感にある。

宮台:ゼーレという組織は、人間は罪を負っている存在だから、贖罪をすることによって、許してもらって、今ある不完全な状態から元に戻りましょうという発想なんだけど、それに対して碇ゲンドウはそうではないと。知恵の実を食って不完全な状態になったのを元に戻すようなやり方ではなくって。

 そんなゼーレの思想に対して、贖罪ではなく「我々が神になる」というのが碇ゲンドウの人類補完計画の考えだ。

宮台:碇ゲンドウが考えている救済っていうのは、ルシファーの呼びかけに応じて、生命の樹も手に入れる、それができれば我々が神になれるんだと神に許してもらうための人類補完計画がゼーレなんですけど、我々が神になるための人類補完計画が碇ゲンドウっていう対立なのね、おそらくそれは設定でははっきり書かれているんでしょう。で、それに対して碇シンジがそんなのどっちもやだとはねつけるという構成になっているんですね、ただそれをストーリーにブレイクダウンするということに、97年の映画を通じてもあまり成功していない。

 ※ルシファーとは明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である。
 エヴァンゲリオンにおいては初号機・碇シンジがルシファーとしての物語上の役割を負っている。



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