なぜジブリ作品はヒットするのか、稀代のプロデューサー鈴木敏夫の凄さ。

ジブリ作品が興行収入・認知度の点で国民的映画となったのは、宮崎駿の圧倒的な才能に加えて、プロデューサーの鈴木敏夫の人心掌握術や宣伝戦略によるところが大きいと言われる。

鈴木敏夫はいかにジブリ作品のヒットの法則を創ってきたのか?鈴木敏夫という男の凄さについて、まとめてみる。

映画ヒットのために、最も大事なのは、配給をおさえられるかどうか

 映画のヒットのために、最も重要なのは「配給」であるとジブリプロデューサー鈴木敏夫は言う。「配給」とは、出来上がった作品を全国の映画館へ売っていく仕事。当時、東宝で配給のキーマンであった常務の西野氏に鈴木は率直に交渉したのだという。

配給収入、六十億円あげなきゃいけんですよ。西野さん、僕が言うのもおこがましいけれど、最終的には小屋の問題でしょう。観客動員のアベレージの数字は分かっているんだから、いい小屋を集めて案配できれば、必ずしも不可能な数字とは言えないんじゃないですか?西野さんの号令があれば、全国の館主が動いてくれるはず。何とかやってもらえませんか。(仕事道楽スタジオジブリの現場より)

鈴木は、何度も、西野氏のもとを訪れ、同様の交渉を繰り返したという。当時、「もののけ姫」と同じスケジュールで公開予定だったのが、大ヒットが予想されるスティーブン・スピルバーグ監督の「ジュラシックパーク」。全国の映画館もジュラシックパークで抑えられている状態だったそうだ。鈴木の粘り強い交渉で西野氏を巻き込み、結果的に東宝の幹部を集めた大会議の中で、「もののけ姫」に特別な配給体制を敷くことが決まった。当時、作品が当たれば館を拡大していくというのが、通常のやり方の中で、最初から良い館を全て抑えるというのは、前代未聞だったという。


※配給収入 映画の上映権を販売する配給会社が、映画館から徴収する金額(興行収入×○%(興行収入から映画館の取り分を差し引いた金額))のこと。
※興行収入 観覧のために入場者が劇場に支払った作品ごとの金額の総額のこと(入場料×有料来場者数)。映画の成績の指標としても用いられる。

宣伝費=配給収入の法則

 製作費をこれまでの倍とし、なんとしてでもヒットさせなければならない「もののけ姫」。戦略を練るために宣伝関係者で熱海合宿を行ったという。その時に、鈴木敏夫がうちだしたのが、宣伝費=配給収入の法則である。鈴木敏夫は作品収支の数字を見ながら、あることに気づいたという。それがかけた宣伝費に対して、興行成績が比例しているということだ。鈴木敏夫は、かけた宣伝費および間接的な宣伝費(パブリシティ)を積算してみたという。※パブリシティとはTVCM出稿(直接的宣伝費)に付帯するTV番組内でのPR枠(間接的宣伝費)というと最もわかりやすい

「紅の豚」なら配給収入と同じ28億円、「ぽんぽこ」なら26億円、「耳をすませば」は18億円ぐらいの額になることがわかったんです。つまり、60億円の配給収入を上げたいなら、60億円の宣伝をすればいい。そう説明すると、最初はポカーンとしていました。

重要なのは、間接的宣伝費も広告費換算して足し上げることである。

たとえばタイアップであれば、GRP(グロス・レイティング・ポイント)という広告の効果測定法を使って、露出量と宣伝費換算の金額を電通に計算してもらう。全国キャンペーンで受ける取材、イベントの効果、パブリシティの露出量なども、一項目ずつすべて算出する。 それが60億円になるまでがんばって、なおかつ宣伝の方針に間違いがなければ、必ず配給収入も60億円になる──そうやってみんなを説得したんです。

大作をつくるためのシステム、製作委員会方式をつくったのは、鈴木敏夫

なんと製作委員会というシステムをつくったのは、鈴木敏夫だという。製作委員会とは、巨額の製作費がかかる映画や、エンターテイメントを複数の企業で出資することで、資金回収のリスクを分散するシステムだ。大作を製作するには、欠かせないシステムである。「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」といった大作をつくるには、当然欠かせないシステムなのだ。
下記は、スタジオ・ジブリ非公式ファンサイト ジブリのせかい からの引用

――いま邦画で、製作委員会ってありますけど、電通の方から聞いたんですけど、あれを考え出したのは鈴木さんなんですよと。

鈴木:
正確ではないですよね。正確ではないっていうのは、いろんな企業が、連合軍を組む?
そして、製作委員会っていうのを組織してやっていったら、いろんな会社が、それぞれいろんな機能を持ってるじゃないですか。例えば、テレビ会社だったら、テレビ。代理店だったら、クライアント。そういう、出版社だの、映画会社だの、代理店だの、テレビ会社だのを集めれば、それぞれのメディアを持っていますからね。それによって、一本の映画を大きくすることが出来るっていう元が、今の製作委員会なんですけれど。なんとなく、そういうことを求めていたのが、やっぱり徳間康快だったんですよね。それで、ぼくは製作委員会とかは、当時なにも考えていなくて、博報堂さんが乗ってくれれば、やるんじゃないかなって。それで、徳間社長が、それを聞いた瞬間に、もう即決ですからね。
そこの会長さんと、徳間が親しかったということもあるんですけど、「代理店と出版社が、一緒になって映画を作る? 面白い!」って言ったわけですよ。それで、それに名前を付けなきゃいけなくなって、「さあどうする?」だったんですよ。それで、「製作委員会」って名前を作ったのは、確かにぼくなんですよね。細かく言うと、そういうことなんですよね。

――今やあらゆる邦画がその手法で、あらゆるメディアが鈴木メソッドに従って……。

鈴木:
それも、そろそろ終わりなんじゃないか、という気がしてるんですけど。
(スタジオ・ジブリ非公式ファンサイト ジブリのせかい からの引用)

鈴木敏夫の宣伝手法 | スタジオジブリ 非公式ファンサイト【ジブリのせかい】 宮崎駿・高畑勲の最新情報



時代を読んだキャッチコピーはどう生まれたか

火垂るの墓「4歳と14歳で、生きようと思った」
魔女の宅急便「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
もののけ姫「生きろ。」
印象的なキャッチコピーで知られるジブリ作品。キャッチコピーや宣伝戦略を考えるときに、宣伝プロデューサーも務める鈴木敏夫が常に考えているのは、「時代」であるという。
 

もののけ姫

 もののけ姫の「生きろ。」というキャッチコピーに関しては、そもそも作品のもつ複雑なストーリーに加えて、キャッチコピーも哲学的だから、子どもにはわからない、女性にもささらないだろうと言われたのだという。反対されても意地でも「生きろ。」という案をつらぬいた鈴木の頭にあったのは、世界で大ヒットした「スター・ウォーズ」のプロデューサー、ゲーリー・カーツの言葉だったという。

カーツによれば、かつてハリウッド映画の最大のテーマは、「ラブ」だった。ところが、「スター・ウォーズ」の登場で歴史は代わり、「フィロソフィー」がテーアになったというんです。もし、大衆的なレベルでのフィロソフィーを提示する作品が出てくれば、それが勝つ時代になるだろう。
(仕事道楽スタジオジブリの現場より)

千と千尋の神隠し

 一億総中流、バブル崩壊を経て、二十一世紀、人は心の問題を抱えるようになったと鈴木はいう。そんな時代に生まれてきたのが「千と千尋の神隠し」。カオナシのような心の暗闇を象徴するキャラクターに、人はわけがわからないと思いながら、深層心理でつながりを感じるのではないかというのが鈴木の考えだ。この作品の当初のメインキャッチコピーは、「トンネルのむこうは、不思議の町でした」だったが、東宝の宣伝部のプロデューサー市川南氏が、別のキャッチコピーも必要だと言い出しただという。市川氏は、鈴木が会議で話していたことを振り返りながら、「もののけ姫」のヒットの理由が「生きろ。」というコピーにあったのであれば、今回も哲学的なコピーを打ち出さなければならないと訴えてきたのだという。そこで、市川氏が出した別案が、「生きる力を呼び醒ませ!」というコピーだったそうだ。千尋とカオナシのビジュアルに、このコピーを入れて宣伝を始めると、予想以上の反響があったのだそうだ。

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