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細田守とスタジオ・ジブリの愛憎相半ばする関係まとめ

 「サマーウォーズ」「未来のミライ」など、日本を代表する映画監督 細田守の、宮崎駿・ジブリへの憧れから、挫折、それを乗り越え、公然と宮崎駿作品を批判する現在までのエピソードをまとめてみた。


ジブリの入社試験に落ちるも、宮崎から手紙が

 宮崎駿の傑作「ルパン三世 カリオストロの城」を見て感動した細田は、中学生時代からアニメを作り始め、大学では映画サークルで実写作品を作りまくったのだそうだ。
 卒業後、23歳の細田は、憧れのスタジオ・ジブリの入社試験を受けるも落ちる。しかし、細田のもとには宮崎駿から直筆の手紙が送られてきたのだという。

君のような人間を入れると、かえって君の才能を削ぐと考えて、入れるのをやめた

手紙には、そんな趣旨のことが書かれていたという。どうしても、ジブリへ入りたかった細田はジブリへ直接電話し交渉するも、採用担当からは、宮崎駿が直々に手紙を送ったのは、これまでで初めてで異例なことであるので、諦めるようにと説得されたのだ。

「ハウルの動く城」で監督を任されるも決裂

 その後、東映で「劇場版デジモンアドベンチャー」(1999年)で頭角を現した細田。ジブリではその頃「ハウルの動く城」の企画が進んでいた。当初、宮崎駿が映画化を企画したものだったが、本人が監督をする気は無かったのだという。鈴木が困っていたころ、たまたま東映の細田守を友人がジブリに連れてきたのだという。気鋭の演出家だった細田へ、鈴木が「ハウルの動く城」の企画を話したところ、「ぜひ、やりたい」ということなので、細田守監督作品として、絵コンテ制作が正式に始まったのだという。
 結果としては、細田が進めた「ハウル」は企画が頓挫してしまい、宮崎駿が最初から作り直して公開されることとなった。企画が頓挫した際、細田は今後一生、長編映画の監督はできないだろうと、覚悟したという。一体、制作現場で何が起きていたのだろうか?

東映とジブリの制作スタイルの違い

 企画がうまく進まなかったことの一つに、東映とジブリの制作スタイルの違いがあったという。鈴木は、ラジオ番組のゲストとして細田を呼んだ際に、本人にそのことを語っている。

鈴木:細田君はね、なぜか僕は知り合いなんですよね?
細田:あっ…もうそのぉ…
鈴木:企画は喋らない方がいいか?
細田:う~ん…
鈴木:ある映画を作ってもらおうとして、ジブリにしばらくいてもらって。で、僕の認識では、僕らスタジオ・ジブリの作り方、細田君はなにしろ東映動画っていうところで育った
経緯があって、そのやり方の違い?それが大きかったかな~って。
(2009年8月11日「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」より)

 細田自身も、自身のドキュメンタリーで東映とジブリのスタイルの違いや、安いプライドで企画が進まなくなったと語っている。

細田:「東映で学んだぞ」みたいな、変な自負というか、まぁ安いプライドみたいなものがあって、宮崎さん高畑さんに相談したりとかね。一種、教えを請うってことも、今から思えばね、ちょっとぐらいしても良かったんじゃないかと思うんだけど。なんかこう…そこでなんか、「こうだああだ」っていう風に言われちゃうのも嫌だなっていうこともあって。(2015年NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」より)

プレッシャーとなった宮崎駿の存在

 細田は前述の通り、ジブリ入社試験を受けるほどに宮崎駿に憧れを持っていた人物。毎日言うことが変わる宮崎の企画への口出しにまいってしまったのだという。

鈴木:細田くんは、過去にジブリの研修生採用試験を受けたこともあるぐらい宮崎駿に憧れを持っていました。だから、宮さんの話をまじめに聞いていたのです。宮さんの提案に従って細田くんが作業を進めていると、次の日にはぜんぜん違うことを言われる。それが一週間、一ヶ月と続くうち、彼はすっかり参ってしまった。僕も相談に乗っていたものの、やがて一人で深みにはまり込んで、作業が行き詰まるようになってしまいました。(「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」より)

 そうして、細田は、プロデューサーより「細田くん、これはもう無理だね」と監督降板を告げられることとなる。

細田守が語る宮崎駿と高畑勲の評価

 「ハウル」での挫折がありながらも、細田はその後、「時をかける少女」「サマーウォーズ」とヒット作を連発し、日本を代表する監督と評価されるようになる。今では、「ハウル」での挫折も乗り越え、ジブリや宮崎駿、高畑勲に関しても公の場で発言をしている。

細田が語る高畑勲の凄さ

 2019年に開催された『高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの』では、細田は本展のアンバサダーとして、トークショーに出演していた。

ーーまずは、細田監督が思う高畑監督の“すごさ”についてお聞かせください。

一番大きいのは、「アニメーションとは何か」ということに対して最も自覚的な方だったことですね。アニメーションでしかできない表現を求めて、それを形にしてきたイノベーターだと思います。

ーー細田監督から見た高畑監督の人間性について。また、高畑監督との思い出深いエピソードがあれば教えてください。

人間性を語れるほどのお付き合いがあったわけではありません。ただ、監督をやるようになってからジブリに行った時、監督同士というのはなかなか話さないものですが、高畑監督はそういう壁のない方でした。その一方で、客観的に見た高畑監督は、権力に屈せず、嘘のない方という印象。ジブリにいて周囲に合わせなければならない場面はあったと思いますが、そんな時でも高畑監督だけは真実しか言わない、といった印象です。きっと、東映動画の頃からそうだったんだと思います。会社の事情より作品を優先できなければ、あれだけの作品はできないはずですからね。(SPICE「細田守監督が語る、高畑勲監督と高畑作品の思い出」より
https://spice.eplus.jp/articles/249910

 高畑勲の演出を絶賛した細田守であるが、高畑勲からは、あまり良い評価を受けてこなかったようだ。

若いフランス人の男の子がこんな質問をしました。
「日本の若手アニメーション監督についてお聞きしたいのですが、
たとえば、細田守監督のことはどう思っていますか?」
 高畑(勲)さんは、しばらくじっと考えてから答えました。
「『時をかける少女』は非常によかったけれども……
言うべきかどうか……いや、はっきり言ってしまいましょう。
残念ながら、『おおかみこどもの雨と雪』は駄作だったと思います」

(プロデューサー奥田誠治が語る「もうひとつのジブリ史」『熱風 2015年8月号』)

細田がカンヌで語った宮崎駿批判

 高畑勲展では、高畑勲を絶賛し続けた細田だったが、「竜とそばかすの姫」のカンヌ国際映画祭での上映、インタビューの際に、急に宮崎駿批判を繰り出し現地メディアをざわつかせた。

細田:日本社会で若い女性がいかに見くびられまともに受け止めてもらえないか、日本のアニメを見るだけで分かります。日本アニメでは若い女性がよく神聖視されますが、現実の彼女たちとは全く関係がなく、腹立たしい限り。名前は出しませんが、若い女性を常にヒロインにするアニメ界の巨匠がいます。率直に言うと、彼がそれをするのは、男として自分に自信がないからなのだと私は思っています。若い女性への崇拝は私をいらつかさせ、それに関わりたいとも思いません

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